2018年5月25日金曜日

社会貢献者表彰!


いつも変わらないご支援をいただき、心より感謝申し上げます。

図書室を訪れた生徒と
 
 
さて、今回は思いがけない朗報がシスター白幡から入りました。

シスター白幡とシスター吉田がお二人そろって、公益財団法人・日本社会貢献支援財団の第50回 社会貢献表彰を受賞されることになったそうです。表彰式は76日に帝国ホテルにて開催されます。シスター白幡は出席できませんが、シスター吉田は出席されるそうです。

シスター白幡は
「私は宣教女としてただ当たり前のことをしているだけで、表彰を受ける価値はないのです。それでも、神様のご栄光のためになるのでしたら、感謝してお受けしたいと思います。」
と、述べておられます。
                              私も招かれましたので、表彰式に出席させていただきます。表彰式にはシエラレオネのシスターエリサ パディージャ前地区長も出席されるそうですので、多忙で殆ど連絡が取れずにおりましたシスター吉田やシスターエリサにお会いできることを期待しています。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         また、故・シスター根岸も2011年に同賞を受賞しておられますので、私どもが支援させていただいている3名のシスターが揃っての受賞者となられ、心より感謝いたしております。授賞式後にまたご報告させていただきます。

シスター白幡はOLG校の図書室の司書の業務に携わっておられますが、現在は毎日1時間ほど、幼稚園でピアニカとハンドベルの指導も担当しておられるそうで、これは卒園式に向けての練習だそうです。                             健康も守られ、楽しく充実した日々を過ごしておられるそうで、支援者の皆様にくれぐれも宜しくとのことでした。         (菅野勝治郎)                                      
           図書室で指導するシスター白幡

2018年5月2日水曜日

シスター白幡からのお便り


シスター白幡からのお便りを紹介します。
 
         図書室で指導するシスター白幡

(4月21日)
様、その後いかがおすごしですか。春の花盛りはもう過ぎましたか。 初夏の気持ちの良い季節でしょうか。こちらはとても暑いです。この数日、小学校、中学校、修道院と井戸が枯れてしまい、水の大切さを身にしみて感じています。昼食後、片付けが終わってから昼寝の時間がありますが、私は3時半には起きて(ほとんど本を読みながら20分ぐらい横になります)シャワーをします。あまり太っていないので少しの水で、5分ぐらいで終わります。それから1階の洗濯場で洗濯をします。他のシスターが水を使う前にやってしまうのです。それからシスターの仕事を手伝ったりしながらできることをします。

毎日夕べの祈りは5時半から7時半までです。それから夕食、片付けてお部屋に入るのは845分から9時です。霊的読書をしたり、ロサリオをしながら好きな刺繍をしたりして、大体10時半から11時には休むようにしています。

ご復活の明け方からひどい下痢とおう吐で1週間ぐらい調子が出ませんでした。点滴、注射、薬でだいぶ良くなりました。神に感謝です。3日から8日まで地区のすべてのシスターが集まって、ご復活をお祝いしました。 交互にお料理をしたり、ゲームをしたり、海辺を散歩したり、髪の毛を切ったり楽しい日々でした。

シスター・エリサにも会えて嬉しいでした。カイラフンにスペインの援助で中学校を建てています。カトリックの学校は小学校しかないからです。

膝のために一日7000歩以上歩かないように厳しく言われました。そうしないと20年持つはずの人工の骨が10年しかもたないのだそうです。毎日万歩計とにらめっこですが、すぐに8000歩は越えてしまいます。杖もいつも使えと言われました。

シスターたちが心配していろいろ気を使ってくれますが、自分でできることは自分でしたいという気持ちがまだ強く、謙遜が足りません。緑内障の検査もしましたが、90%ダメージといわれました。信じたくありません。

幼稚園長のエルメラルダが以前送ってくださったクレヨンがもうなくなってしまったので何とかならないかと心配しています。428日から54日まで東大の渡辺先生がシエラレオネにいらっしゃるそうです。

ではまた。お元気でお過ごしください。sister白幡

(4月28日) 
皆様、お元気ですか。なんどもmailを送ろうとしたのですが、 届きませんでした。wifi のケーブルが良くないことが今日わかりました。わたしの携帯のケーブルを繋げたら接続が可能になりました。今日はマリアイネス職業センターの卒業式57名が勉学を終えました。今までで一番多い卒業生数です。sisterマリアルスはとても元気で、この日のために一生懸命働きました。昨日は57回目の独立記念日でお休みでした。その日のために電気を取っておいたため二日前から全くの停電でした。記念日の日はほとんど24時間電気がありました。4か間シスターアドリアナとエスメラルダと一緒にルンギの修道院に行きました。4日間静かな環境の中で休むことができました。

明後日、東大の渡辺先生がルンサーにいらしてくださいます。秘書の方も含めて4人でいらっしゃるようです。その後マケニにいらっしゃるそうで、2晩ぐらいゆっくりお泊りになるようにすすめたのですが、おできにならないようです。

メールを開けてもそちらからのはなにも見つかりませんでした。ほかにも答えを待っているのがあるのですが。

今が一番暑い時で、時に体にこたえます。出来るだけ無理はしないように努めていますが、わたしの部屋は一階にあって食堂の近くなので、話し声が良く聞こえます。今イタリアからひとりの大学生がきています。3か月の予定です。

イマヌエル神父とここのシスターたちのために英語の簡単な会報を送ってくださるとうれしいのですが。神父様はいつもソレを言っています。後2週間後は中高の運動会です。1月の予定でしたが、一人の先生がおなくなりになったので延期になりました。そろそろ雨期に入りますので、雨が降らないといいと思いますが。

2学期に中学生が200名近く借りた本を返さなかったので、今は外部には貸し出しをしていませんので、目録を書く時間は十分ありますが、 長く座って単純な仕事をしていると眠くなってしまいます。内職用にほかの仕事も持って行ってはいますが。3学期の終わりは7月の末になるようです。大統領選挙のためにずいぶん(2か月以上)学校がお休みになりましたので、取り返すのは大変です。またおたよりします。どうぞ皆さんによろしく御伝え下さい。幼稚園の排水溝工事が進んでいます。sister白幡


       幼稚園の排水溝工事が進んでいます。

2018年4月14日土曜日

シスター白幡からのお便り


 


シスター白幡からお便りをいただきました。お腹を壊したりされたそうで、ハラハラしますが、相変わらず、明るく元気なシスターです。(菅野)
 
 
    子どもと語らうシスター白幡
 
ともに歩む会の皆様
主のご復活のお喜びをもうしあげます。いつも私たちのためにご支援を続けてくださることをまず感謝いたします。こちらはまだ乾期なのに週に3回雨が降ったり、気候がいつもとはちょっと違います。
聖金曜日の2時間ぐらい町の中を歩いて十字架の道行きがありましたが、12時に始まったので、あまりに暑いし、長いこと歩くのは良くないと、長上から一人でチャペルで祈るように言われました。3時からのご受難の朗読には参加できました。ご復活の徹夜ミサは9時から始まり、12時頃終わりました。今年は5人が洗礼を受け教会の会員となりました。ミサ後シスターたち皆が食堂に集まってお祝いしました。ワインはありませんでしたが、夜中の3時頃から下痢が始まり朝まで続き、夕方までミサにもいかないで休んでいましたが、マイル91の私たちのクリニックに行って検査をするようにいわれました。
幸いマラリアでもチフスでもありませんでした。親切なドクターと看護婦さんのシスターたちがとてもよく診てくださり、2日半点滴で過ごしました。おう吐も少しずつ収まり、43日には会のシスターたち全員がルンギの修道院に集まって共に祈り、歌い、踊りゲームをしたり散歩をしたりして過ごしました。最後の日には海に行って泳げる人は泳ぎました。わたしは膝にサポーターをしていて、泳げませんでした。歌を歌ったり、刺繍をしたり、海辺を散歩して過ごしました。みんなが心を一つにして、過ごせるのは本当に大きなお恵みです。途中で以前とは変わった風景を見ました。マイル91の道からたくさんのゴムの木が植えられているのを見ました。
それからルンギから海に行く途中、 Toll Gate  が二つありました。ヨーロッパや日本のようではありませんが。乗用車は4000レオネ払わなければなりません。1ドルは今7,600レオネです。いろいろなところで中国が道を作っているので、その費用のために払うようになったそうです。
ご復活を祝って木々の緑が美しくなってきました。日本の春のように花盛りではありませんが。青い空をバックにたくさんのヤシの木が美しいです。また今はマンゴが国中のどこにいっても見られます。パイナップルもとてもおいしいです。パックに詰めてお送り出来たらよいのでが・・・。
 マンゲにメキシコから骨の専門医がいらっしゃって、二人のシスターが大統領選挙の投票に行った際連れて行ってもらい、先生に診ていただきました。先生はクララ会総長マドレマルタの甥御さんで、とても親切に診てくださいました。
ヨーロッパにも講演にいらしたり、メキシコでもいろいろな所で手術をなさったり、とてもお忙しくしていられます。
手術後の人工の骨は20年持つと言われましたが、一日に7000歩以上歩くと、その年数はどんどん少なくなると驚かされました。週に一回お祈りの集まりに行くのですが、時に片道30分かかります。それは特別に許してくださいましたが、毎日万歩計を持ち歩いて7000歩を越えないようにと注意されました。
 
年を取って自分でもケアしないと、アフリカにいられなくなる危険性を感じるようになりました。でもちょっとお腹を壊したぐらいで動じる私ではありません。先日のお告げの祝日には毎年のようにマリア様に2000回のアヴェマリアを唱えました。今回は「アフリカから出ませんように」と祈りました。
私はアフリカが大好きです。
皆さま、これからもお祈りで支えてくださるようにお願いいたします。
長くなってしまいました。皆さまのご健康をお祈りいたします。
            シスター白幡
 
 
        村の小学校にて(写真は藤田章子さんより)
 
 
 
 
 

 

 

 

2018年3月31日土曜日

会報19号を掲載しました。

 会報19号を掲載しました。上のメニューバーの「会報」をクリックし、会報19号をダウンロードしてご覧になってください。英語やスペイン語の要約文も掲載されています。

 今号も多くの方々からご寄稿いただき、盛り沢山の内容になりました。写真も沢山いただいたのですが、割愛せざるを得ませんでした。ここに何枚かを掲載させていただきます。
 
シスター白幡は幼稚園を訪ねて子どもと遊ぶの
を何よりの楽しみにしています。
 
 

ベテランのシスター方に囲まれたシスター白幡。左端はシスター吉田。



勢ぞろいしたシスター方。シスター白幡は若いシスター方にピアノを教えたりもしています。
シスター吉田(左端)もお元気そうですが、ゆっくり話をする間もないほど忙しくしておられるそうです。 
 
 
このような家が密集するところで豪雨による崖崩れが発生したので、多くの被害者を出しました。                    辛くも残った家の前に瓦礫が散乱しています。
 
 

 村の子ども達とお母さん。この写真の内、何人がこのお母さんの子どもかは不明です。シエラレオネでは、5人の子どもの内、5歳まで生存できるのは4人だけという割合だそうで、世界で最も平均寿命の短い国です。



お腹がパンパンの子もいますが(上の写真)、満腹の結果ではなく、栄養の偏りなどが原因のようです。


 川嶋先生が滞在中に、何度かこの場所でこのような情景にであったそうです。 シエラレオネでは、道路の舗装は少しずつ進んでいますが、交通標識や信号機はほとんど見られません。
 
(写真は、本文執筆の皆さんからいただきました。菅野)
 

summary of bulletin No.19


Thank you for always helping and praying for us with a generous heart.

Here is a summary of bulletin No.19 of “Walking Together”.

 

Page 1 is a photo of a happy Sr. Shirahata surrounded by many children. She is back in  Lunsar after 2.5 years. The photo on the right is Sr. Shirahata with a 205 cm Spanish volunteer.

On pages 1-2 is a report from Sr. Shirahata titled “Sierra Leone Is My Home”. She expresses her happiness of being able to come back to Sierra Leone after 2.5 years of medical treatment. Upon her return, the plan was to teach music in elementary schools, but Sr. Shirahata currently is in charge of taking care of the library, and at the same time is active in teaching younger sisters piano, visiting elders in the village and  carry the Blessed Sacrament , etc. She closes her report with the following:

  I want to spend the rest of my life focusing on being thankful and to be giving. I feel strong support from the people who are with me throughout my journey. I pray for each and every one of you.

  May God bless everyone.  
                 Sr. Shirahata, happy to be back in Africa

 

Starting on the right column on page 2, is a “Sierra Leone Visit Diary” from 5 people. The first is a report from Marta Tanaka, who is on the headquarter staff. “Sr. Shiahata Is Back!” talks about Tanaka-san traveling together with Sr. Shirahata to Lunsar. Tanaka-san helped strengthen the relationship between Walking Together and Sr, Adriana through this trip. She also explained to the new district manager Sr. Adriana, the thinking of “Walking Together”.

 The title “Sr.  Shirahata Is Back!” expresses how the people in Lunsar were happy to see Sr. Shirahata come back. Tanaka-san says that she was surprised to see Sr. Shirahata get back to work the day she arrived and to see the sisters who were also busy in their activities. She ends her report as follows:

  Before going to Sierra Leone, I had an understanding of what the country was like and  what kinds of activities the sisters had been doing. However, I learned that there is still a struggle with limited resources such as water and electricity.

But I felt that the support that we give has been of help to Sierra Leone through interacting with the sisters and the children. I felt the importance of continuing our support from Japan.

 

Starting from the second half of page 3 is a report from Ayako Fujita titled “The Long Awaited Visit to Sierra Leone”. Fujita-san is a member of the Catholic Azabu Church, which is where Sr. Shirahata used to be, and Fujita-san has admired the work that Sr. Shirahata has done and has wanted to visit Sierra Leone. She expresses her happiness and joy of being able to make her dream come true. The photo on page 2 shows Fujita-san on the right and Sr. Shirahata (center), and Tanaka-san (left).

 The photo on page 4 is a mother carrying her baby using a long cloth. This is a photo that was most influential to Fujita-san during her visit.

When Sr. Adriana introduced the elementary school, Fujita-san heard that during the rainy season the school yard becomes a big puddle and is dangerous in terms of sanitation. Fujita-san donated money for drainage construction after she returned to Japan.

 

 Page 5 is a report from Yasuhiro Kawashima, a doctor who returns to Sierra Leone to volunteer again in clinics such as the Mile 91 Clinic. Doctor Kawashima visited Sierra Leone with his daughter, and his report touches on the worries and joys from a parent’s perspective. Doctor Kawashima (second from right), and his daughter Ranasa’s  (fifth from right) photo is on page 5. They visited Mange, which is where Sr. Yoshida is, and met the Mexican priest for the first time. Kawashima-san talks about how impressed he  was seeing the priest interact closely with the people of the area. Sr. Yoshida must be supporting them too.

 Last year Doctor Kawashima mentioned a need for oxygen tanks, so there were some this year, but they could not be used since there were not enough peripheral devices. It takes many small steps to achieve certain goals, but we sure have felt the progress with Doctor Kawashima visiting every year.

 

Page 6 is a report from Doctor Kawashima’s daughter, Ranasa-san. Ranasa-san is the first high school volunteer to report on the activities in Sierra Leone. She experienced a care worker role in a completely different environment compared to Japan. She talks about almost fainting when she saw a nurse take blood and blood pouring out from the injection needle. She finishes her report with the following:

  After returning to Japan, I feel a little sadness about returning to my ordinary life, but I feel blessed to be able to study, to eat, to have my parents who give me love, etc. Through this volunteering experience, I wish to be able to give to others and also to be able to show the love and glory of God in the future. 

 

 According to the report from Doctor Kawashima, Ranasa-san is saying that she wants to go to Sierra Leone again next year. The photo on page 6 shows Ranasa-san with a Mexican volunteer, who she became friends with through this visit.

 

 “The second visit to Sierra Leone” is a report from Minako Teranishi, a student from Hiroshima University Graduate School, on page 7. Teranishi-san reported on her first visit in Bulletin 17. The main objective of her visit was for research to use for her master’s thesis, but her visit came after a big rainstorm that Sierra Leone had never experienced before. She took part in helping the country recover and talks about her experience.

There are so many differences between Japan and Sierra Leone. Since I have been studying about war and peace building activities, I feel that the biggest difference is how the two countries see the impacts of war – which Japan has not experienced in the last 72 years and Sierra Leone is still trying to reconstruct itself from the war that ended in 2005. However, natural disasters are common for the two countries, as well as every other country in the world. The experience that I had has made me realize how scary a natural disaster can be.

 

This year she will graduate and will be working for a company that deals with overseas development. We hope her experiences in Sierra Leone will help in her future. Page 7 is a photo of cleaning up after the landslide disaster. The top photo on page 8 shows Teranishi-san (left) with the children of Mange.

 

The report on page 8, comes from Kako Komura, a 7th grader from Fuso Middle School in Fuso, Aichi. Through studying about Africa in school, she became interested and started to research about Sierra Leone and learned about this country’s sad history and poverty, and that the average longevity was the shortest in the world. Looking for ways to help this country, she came across the website for “Walking Together” and started taking part in this charity. She also got her school involved and has helped send support funds. This is a great example and believe that what is taught in school is coming to life. The photo on page 8 (bottom) is the charity activity that is being done.

The second half of page 8 is “Voices from Supporters" and a bulletin from headquarters.
 
(Copy:Katsujiro Kanno, Translation:Ayako Nokuo)

 

 

Caminando Juntos Boletin nr. 19


Les agradecemos vuestras oraciones para la obra de Caminando Juntos.

aqui le estamos enviando el contenido del Boletin nr. 19

 

Pag 1 foto izq. La hermana Bernadita Shirahata,despues de 2 años y medio de ausencia,rodeada por los niños,su rostro pleno de sonrisa

          foto der.,junto a un voluntario espanol altisimo  2mts cinco !!

Pag 1-2 informe de la hermana Bernadita,”Sierra Leona,mi segunda patria”.despues de una ausencia de dos años y medio, nos cuenta

          de la gran alegria de volver a Lunsar. ahora esta a cargo de la biblioteca, enseñando piano a las jovenes hermanas, asistiendo a los

          ancianos y enfermos del pueblo,que no pueden asistir a los servicios dominicales. Al final escribe lo siguiente “Quisiera dedicar el

          resto de mi vida, a servir a los demas y agradecer cada dia las gracias recibidas, de todas las personas que me brindan su valioso

          apoyo,caminando juntos,los recuerdo siempre en mis oraciones . Feliz de haber regresado a Africa –Hermana Bernadita Shirahata

 

Pag 2 informe de  5 personas que han visitado Africa recientmente. primero, el de Marta Tanaka  (staff de Caminando Juntos) quien acom

         paño a la hna.Bernadita en su viaje de regreso.”La hermana Bernadita ha regresado,! Gracias a Dios” . El encuentro con la Superiora

         regional hna.Adriana, y las charlas mantenidas ,han sido de gran valor para conocer directamnte, la situacion de la mision, sus nece-

         cidades, los proyectos ,planes pendientes .Asimismo,la labor del taller vocacional, a cargo de la hn. Maria de la Luz,podemos apreciar

         a traves de las obras, cuyas muestras han sido traidas a Japon. Sobre la hna Bernadita, nos dice que desde que piso la tierra de la mision

         no paro un instante, con la energia que la brindan, la alegria de volver a compartir con las demas hermanas, los niños,la gente del pue

         blo la vida cotidiana ayudando y dando apoyo sin cesar. Tambien nos cuenta ,la actividad diaria de la comunidad.”Antes de ir, tenia

         una imagen de la enorme tarea de las hermanas, pero la realidad fue mucho mas estricta de lo que habia imaginado,limite en el uso

         del agua,electricidad,la lentitud de los funcionarios,,la demora de los tramites, inclemencia del tiempo,etc etc,pero a pesar de todo

         esto, siempre una sonrisa ,una alegria en el rostro de las hermanas,y en los niños tan inocentes y afectuosos. Alli comprendi mas porque

         nuestra ayuda ,por mas pequeña que sea, tiene tanto valor,y tambien que tenemos que continuar desde este lejano Japon, cooperando

         y asistiendo en las medida de nuestra capacidad.

 

Pag 3  informe de la sra. Ayako Maria Fujita, de la Iglesia Catolica de Azabu, quien junto con M.Tanaka acompaño a la hna.Bernadita en su

          viaje de regreso. Ayako, siguio la actividad de la hna.Bernadita, desde cuando participaba en la asociacion de jovenes de la iglesia

          de Azabu, debido que la hna Bernadita era feligresa de esta parroquia.Siempre tuvo deseos de visitar S.Leona y cuando se dio la

          oportunidad de acompañar a la hna. Bernadita, su sueño se hizo realidad. foto pag 2 derecha ,Ayako Fujita, centro hna Bernadira

          izq Marta Tanaka, pag 4 foto madre con su  niño en brazos cubierto con solo con un paño colgador, refleja calidez  y ternura.

          En Lunsar ,la hna. Adriana mientras guiaba a Ayako ,por el patio del jardin de infantes, comento de su preocupacion por la inundacion

          que se produce en la epoca de lluvias y que deja el patio en condiciones insalubres para losniños, Ayako al regresar a Japon, ofrecio

          donar la cantidad necesaria para las obras  y asi solucinar este problema. Muchas Gracias!

 

Pag 5 informe del doctor Yasuhiro Kawashiima , quien continuando su labor del año pasado, este año tambien colaboro en la clinica Mille 91

          Esta vez fue acompañado por su hija, estudiante de 5 año del secundario. señorita Lanasa ,nos describe la alegria y a la vez la preocupacion

          de asistir con su hija . Pag 5 foto doctor Kawashima ,segundo derecha,Lanasa.su hija. Ambos visitaron ,la mision de Mange, donde cono

          cieron la actividad del sacerdote mejicano, cuyo trabajo entre la gente del pueblo, es tan amplia y profunda que quedaron impresionados

          la imagen de “padre ,sacerdote”,que tenian previamente, al ver la energia de este padre mejicano cambio.La hna. Yoshida esta ayudando a este

          padre ,en toda la region de Mange.

          Segun el Dr. Kawashima, el tubo de oxigeno que se necesitaba, desde el año pasado, esta vez la encontro en la clinica sin embargo no

          se pudo usar por falta de algunos elementos, a veces la situacion de este pais, es un paso adelante , a veces medio paso atras .

         pero que el Dr. Kawashima asista todos los años ya es un enorme avance,le agradecemos profundamente. 

 

Pag 6 informe de la hija del Dr. Kawashima, señorita Lanasa ,es la primera vez que recibimos un informe de un estudiante de secundaria.

          nos cuenta su experiencia, e impresiones de una manera natural sobre todo el trabajo de las enfermeras,en una oportunidad, durante

          la extraccion de sangre ,se desbordo de la jeringa, casi estuvo a punto de desmayarse. Y asi otras experiencias que nunca las hubiera

          tenido en Japon.Al final nos escribe “Al regresar a Japon, pasaron los dias tranquilos, sin novedad, volver al estudio, no preocuparme

          por el pan diario,gozar del cuidado amoroso de mis padres,estas y otras pequeña cosa, quisiera agradecer cada dia por toda la bendicion que

          recibo. A traves de esta experiencia de voluntariado, quisiera dedicar mi esfuerzo para hacer feliz a los otros, para ser util a los demas

          en una ocupacion que brinde el amor de Dios a todos los que encuentre.” El Dr.Kawashima nos dice, que Lanasa ,quiere ir otra vez a S.Leona

          foto pag 6 ,Lanasa y un voluntario estudiante de medicina de Mejico con quien hizo amistad.

          

Pag 7 informe de la srta Minako Teranishi , post graduada Universidad de Hiroshima, es su seguna visita  a Sierra Leona. Sobre su primer viaje

          publicamos en el  Boletin nr 17. En aquella oportunidad ,el motivo de su visita fue coleccionar datos para su tesis de doctorado . En esa

          oportunidad, Sierra Leona sufria los vestigios de una gran lluvia torrencial que no habia habido en años, la srta Minako colaboro en la lim

          pieza y obras de recuperacion . Nos describe su experiencia.” Las diferencias de cultura, clima entre otras cosas ,entre Japon y Sierra Leona

          son innumerables,especialmente Japon, donde han pasado 72 años desde la ultima guerra, el pais vive en paz, por otro lado en Sierra leona

          aun quedan estragos  despues  que terminaron los conflictos en el 2005, Segun lo  he notado mientras preparaba la tesis, sobre la guerra y la paz

         sin embargo frente a las calamidades de la naturaleza, tanto Japon como Sierra leona y todos los paises del mundo ,sufren las consecuencias

         igualmente, sin diferencia, esta experiencia  me brindo una enorme enseñanza..”

         La srta Minako ,se graduara esta primavera y comenzara a trabajar en una Compañia de desarrollo en el exterior. Foto pag 7,zona asolada por

         lluvia torrencial donde ayudo,pag 8 jugando con los niños en Mange

 

Pag 8 informe de la Escuela Secundaria de Fuso en la Provincia de Aichi. escribe la estudiante de 1r año srta Kako Komura. Nos dice que en la clase

          Ciencias Sociales y Geografia, trataron sobre Africa y  asi llegaron a conocer la historia de Sierra Leona, guerra ,colonizacion, el promedio de

          vida que es el mas bajo del mundo, entonces pensaron como ayudar y organizaron un movimiento para juntar donaciones , y encontraron la

          pag de la web de “Caminando Juntos”, el movimiento se extendio por toda la escuela y nos han enviado una considerable donacion.

          Realmente la clase no fue solo adquirir conocimientos teoricos, sino conocer la vida real del pais estudiado, estamos muy agradecidos y admira

          dos por esta educacion .Pag 8 foto escena sobre la colecta.

 

Pag 8 Mensaje de nuestros colaboradores. Avisos de la comision central

 

 

Profesor Katsujiro Kanno

Representante de Caminando Juntos

(Version española Marta Tanaka)